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第三回天下一武道会 三月二十二日

[ 第三回天下一武道会 サイドA ]

第三回天下一武道会 三月二十二日

169 名前:三月二十二日 :03/08/09 12:47 ID:???


曇り。何故か雲が異様に分厚くみえた一日。



何も規則がないようにみえるこの寮にもある程度、規則というものは存在する。当たり前のことだが。
そうでなければ、こんな個性が強い連中を私が押さえられるわけはない。会長が規則を作っている。
規則とは、たとえば断りのない外泊の禁止や、共有物を破壊しないことなどといったいたって常識的なことである。
食堂前の掲示板には、一応これが張られているが、誰も読んでないのは困ったことだけれど。
だが、ほかのことにもれず、この寮にはやはり会長が作ったものと思われる独自の一風変わったものもある。

その中のいくつかを以下に例としか書く。


1 宮崎何がしの作品をみてはいけない。
2 土曜六時のアニメをみてはいけない。
3 ハロの日を認めてはいけない。
4 バンダイに著作権を渡してはいけない。
5 頭髪を気にしてはならない。
6 虫プロは過去のもの。
etcetc・・



といったものだ。何か大半は会長の私怨があるような気がするが、まぁ決められてるものは仕方ない。
私自身も知らなかった規則もある。
今日は、それについて書いておく。それと、珍しくスレンダーの話。



170 名前:三月二十二日 :03/08/09 12:51 ID:???


それは、夕食も済んだ夜のこと。
(ちなみに今日の晩の食事は、新鮮なイカの刺身と、湯豆腐とブリの煮付け。それに御飯と味噌汁)
私たちは、腹も膨れたのでいい気分でテレビを見ていた。
フラウがいなくなってから、アムロも食事の時間は降りてくるようになった。いいことだ。みなで食事を食うのはやはりいい。
イザークは、そういったのは偽善だとか、みかけだけだといったが、それでもこういったことは無駄ではない、と思った。
テレビでは、二流の芸人が、時代遅れになりつつ持ちネタを披露していた。だが、それはもはや昔の輝きは少しもなかった。
それは、こうしてみている私達はおろか、やっている本人にもわかっているようにみえた。そしてそれはすごく辛いことだろう。
乾いた笑い、ぱらぱらとした拍手、お情けのコメント。芸人の卑屈な笑顔。
何事も時代遅れになってはいけない。それが、その芸人から得られる教訓だった。
ガンダムはどうなんだろうな。乾いた笑いでみられてはいないだろうか。
私は、ビールを飲みながら思った。




そうこうしてるうちに風呂に入る時間がきたので、私は、食堂からでて、突き当たりの廊下を左に曲がって奥にある浴場に向かった。
ここの湯船は狭いので、交代制だということは前に書いた。人数は減ってきているが、新たにつくるのが面倒なので今でもそのままである。
脱衣場で、服を脱いでいると、スレンダーとイザークもひょっこりとやってきた。
彼らとは毎回同じ時間に入っている。ロランも一緒だったのだが、彼はもういないので今は三人だ。
服を竹で編み込まれた籠に入れる。そして、棚に入れる。こういった所は、なぜか無意味に凝っている。
そこで、私は初めて棚のところにはってある張り紙に気がついた。規則を書いているようだ。知らなかった。
いかに、その規則。とりたてて変わったのはない。


①三十分以内にあがること。
②遊ばないこと。
③必ず身体を洗ってから、浴槽につかること。
④一週間に一度必ずサウナに入ること。
⑤グエンは最後に入ること。
⑥上記をすべてまもること。ご利用は計画的に。



171 名前:三月二十二日 :03/08/09 12:58 ID:???

蒸気で幾分曇っているガラス戸をあけて、浴場にはいる。中は、湯気がもうもうとしてぼやけていた。
設置されているシャワーで、まず身体を丁寧に洗った。湯船に入る前に、身体を洗わないやつは死罪にあたいする。
特にこういう寮生活では、そういうことを守らないといけないのだ。

十分汚れを洗い流した私は、早速なみなみと湯をはっている浴槽に浸かった。
足をそっと入れる。とても熱い。ぬるめの方が私は好きなのだ。それに、そのほうが身体にもいい。
年寄りが、浴槽でショック死を起こすのは多いのは、彼らが熱い湯をこのむから、身体に刺激が強いからだ。
熱い湯は身体に悪い。それは、常識だ。半身浴とぬるめの湯、それが長生きの秘訣だ。
だが、まだ若い私は、熱いのを我慢して肩まで、浸かる。
「・・・ん・・」
肩まで浸かってしまえば、すこしすれば慣れる。案の定、少ししたら、熱さはちょうどよくなった。
私は、もっていたタオルで、顔を拭く。


「・・ふぅ・・・・生き返るな・・・」


ここの湯は、ボイラーではなく、温泉なのでやはり質が違う。身体の奥まで、しんしんと熱が染みとおっていくようでとても気持ちいい。
そういえばこの湯に入るようになってから肌がつやつやしてきたような気がする。タバコを以前より多くすっているにもかかわらず。
どうやらこの寮にきて、よかったことをあげろといわれたらこの湯を上げることができそうだ。
男の肌のつやがましてどうする、と言われたらなにもいえないが。


「腰抜けぇ!どけ!」
私が一人でゆったりと浸かっていると、イザークがずかずかと、一直線にこちらに向かってきた。
男らしく、腰にはなにも巻いてない。さすが、イザークだ。だが、見せるほど立派なものではなかった。グゥレイト、というわけにはいかない。
彼は洗面器で、湯船の湯をすくうと、まるでラッコかなにかの行水のように二三度身体にざぶざぶとかけてから、ずんぶと入ってきた。
肩までどころか、頭の先まで一端お湯の中にもぐって、ざばっと顔をだすと、彼はすぐに、「少しぬるいな」といった。
「そうかな」
私はあきれながらいった。これでも十分熱いのだが。彼は、きっとカップラーメンができるくらいの湯がいいのだろう。
だが、よく観察するとおかっぱからすこしでてる耳たぶが真っ赤になっているので、それがやせ我慢だとわかった。

「この湯の温度は、君にとってストライク?」
私は、彼にそういった。
「フリーダム!」
イザークはそう答えた。まったく意味がわからない。


172 名前:三月二十二日 :03/08/09 13:06 ID:???



「はいはい、ごめんなさいよぉ」
私たちが、話しているとサウナに入っていたらしいスレンダーが、ひょこひょことやってきて、湯船に浸かった。
彼はさすがに軍人だけあって、その身体には筋肉がしっかりとついていて、胸板もあつい。そして健康的に日焼けしている。
そして、わき腹には銃創らしき跡が微かにだが、残ってあった。


「あぁ、実に結構な湯だな、ババンバンバンバンとくらぁ」
スレンダーは、ぱしゃぱしゃと顔を洗うと、のんきそうにそういった。少し晩酌していたので酔っているようだ。
一応、酒は晩には個人の好きなように飲んでいいことになっている。日本酒、ウイスキー、スコッチ、バーボン、ビール。なんでもある。
彼は今日は確か南部美人と、越乃寒梅を飲んでいた。ちなみに私は恵比寿ビールを少々飲んでいる。
イザークは・・酒を飲んでいたかどうか覚えてない。オレンジジュースか何かだった気がする。


「えらくご機嫌じゃないか。スレンダー。雑誌の連載が好調だからか?」
「へへ。まぁ、俺って結構文章の才能あるかもしれないぜぇ。軍隊より性にあってるかもしれねぇな。
 軍隊には正直帰りたくなくなるな。こんなとこにいると、あそこはじっさい地獄だぜ。」
「へえ。それじゃここはさしずめ天国ってことだな。それはよかった。しっかり頑張って残ってくれ。
 読者も期待しているみたいだからな。・・ところでそんなに軍隊ってのはきついのか?」
私はなにげなくそう質問した。



173 名前:三月二十二日 :03/08/09 13:12 ID:???


「そりゃもう!」
彼はそこで、少し充血した目玉をぎょろっとさせてこっちをみた。

「あんなところ入るもんじゃねえぜ。飯はまずい。女はいねえ。上官は無能で出世のことしか考えてねえから、
部下の命なんて使い捨てだと思ってやがる。いったん戦闘が始まってしまえば何日も飲まずくわずだし、風呂にも入れねえ。
身体はくさくなるし、弾薬はなくなるし、腹は減るし、モビルスーツは古臭いし、戦略は崩壊してるし、いいことなしだぜ。
そうこうしているうちに、戦闘は激化していって仲間はどんどん死ぬしよぉ・・とにかく最悪だ。」
彼は、そこで額から流れる汗を無造作にタオルでぬぐった。つられて私も汗をぬぐう。
イザークは少し離れたところでタオルを膨らませて、水につけて遊んでいる。そういえば彼も軍人だったよな、と私は思った。
スレンダーは、風呂に設置されているライオンの形の水道の蛇口をひねり、その冷たい水をうまそうに飲むと話を続けた。

「新人のころ・・特に初めてザクに乗ったときはびびったな。
宇宙空間では上下の感覚もわかんなくなるから、最初は混乱してよぉ・・だって何もわかんねえんだぜ?上も下も。
自分の股間がちぢこまっているのがわかったぜ。練習のあとは、みないつも洗面所で吐いてたぜ。気持ち悪くってな。
まぁ、とにかく新兵のころはつらかった。もう二度と戻りたくねえな。
そういったパイロットの訓練に加え、基本的な軍人としての体力もつけなくちゃなんねえし、拳銃の組み立てとかも叩き込まれる。
いまじゃどうかはしらねえが昔はパイロットていうのは選ばれたやつしかなれなかったんだぜ?仕官あつかいだ。
苦労したけど俺はパイロットになれてよかったと思ってるよ。かなりの訓練と鍛錬を必要としたけどな。」

「反吐を吐くほど訓練とは、きつかったろうな。」と、私は感心していった。

「それだけじゃねえ。そういうのはいってみれば肉体的な面のきつさだ。きついが、まぁ、慣れれば耐えられる。若いしな。
だけど、夜は・・精神的にもつらいぜ。なんせ若いからな。どうしたって女がほしくなる。
どういうわけか昼間あれだけしごかれても、性欲って言うのはおちねえんだな。むしろ、疲れたほうが興奮してねむれねえくらいだ。
かといって、こういうところは男しかいねえ。もしいたとしても、夜に、忍び込めたりするようなまねができるわきゃなかった。
そこで、まぁ、普通の奴らは、エロ本読んだり恋人のことをおもいだして、自分で慰めたりするんだが、
中には、・・こういうと全員がしてるんじゃねえかと思われそうだが、野郎同士で満たすやつもいる。
それが、また筋骨隆々の奴らが夜な夜な絡みあうから、たまんねえ。
想像してみろよ。たとえば、夜中のどが乾いたとする。水でも飲みにいこうと思って、起き上がると、薄暗い部屋の中でいくつかシートが動いてる。
そして、微かに声がきこえるんだ。男のこえだぜ?雑魚寝してるとそんなことが何度もあった。誘われたこともある。
そのたびに俺は、憂鬱になった。なにが悲しくてそんなことしなければならなねぇんだ?」
スレンダーは、そこでやりきれない、といった風に顔を二三度振った。私は、なんていったらいいのかわからないので黙っていた。
いつのまにかイザークも隣で、首までつかって話をきいていた。


174 名前:三月二十二日 :03/08/09 13:21 ID:???

「新兵のときなんてよ、上官のいうことには逆らえねえじゃねえか。絶対服従ってのが良くも悪くも軍隊ってとこだ。
逆らったら、あとで修正、とかいってひどい私刑くらうしな。ひどいときはそのまま病院送りにされちまう。
まぁ、掘られるのと病院送りにどっちかいいかというと悩むところだがな。
おっと、いま病院送りのほうがいいとおもったろ?だが、それは大きな間違いだぜ。軍隊ってのは実に陰湿だからな。
帰ってきてもまた同じことの繰り返しさ。おなじようにまた強制され、断れば病院送りされちまう。ループだ。
こういった話がある。俺と同期のやつでな、そうだな・・ちょっとロランに似てた顔したやつがいたんだ。
まぁ、俺やその他の濃い男の顔じゃなかった。俺はそいつをみて、やべぇんじゃねえかな、と思った。
それで、至極当然な話、すぐに目をつけられてな。そういった気のある上官などから、それとなく誘いをうけたんだ。
だが、そいつは当然そういった気がないやつで、断固として断ったんだ。俺は心配した。
おまえ、そんなことしてたらいつか私刑くらっちまうぞ、って忠告もした。犬にでもかまれたと思って我慢しろといったんだ。
だが、そいつは笑って聞かなくてな。そんなことされるなら、死んだほうがましだっていうんだ。
性格は、やさしいタイプだったが、あるところでは、頑固で柔軟性にかけていた男だった。軍隊でうまくやれるタイプじゃない。
それで、事件はおこっちまった。」

そこまでいうと彼はタオルで顔を拭いた。


「ちょっと、まってくれ。スレンダー、事件がおこったって、君はそいつを助けてあげなかったのか?」
「俺も思った。この腰抜けぇ!」
われわれは、彼を非難した。イザークは、手で水鉄砲を作ってスレンダーにかけた。

「ま、まてよ。話は最後まできくもんだぜ。
俺は、そりゃ多少は手助けしたさ。同期で仲間だったしな。だが、何ができる?相手は多数なんだぜ。それに上官や先輩ときている。
そんななかで俺ができることなんてたかがしれている。ガキじゃあるまいし、一日中みはってろっていうのか?そんなことはごめんだぜ。
どうして男相手に俺が、そこまでしなくちゃならねえんだ?だろ?」
そういわれればたしかにそうだった。

「それでも、俺は、俺なりに結構ケアしてたつもりなんだけどな。まぁ、とにかく事件はおきた。
ある夜のことだ。俺は夜中ふと便所にいきたくなって目がさめた。月の綺麗な夜だった。
そのときは密林に俺達はいた。俺達新兵は、軍事演習をするために森の中で野営をしていたのさ。無論、便所なんてない。
俺が部隊から少し離れた草の茂みで用を足そうとした。俺がチャックをおろそうとしたときだった。
茂みの向こうから微かに音がするんだ。ガサ、ガサってな。俺は、てっきり獣の類かと思った。
この辺はそういった狼などがたくさんいたからな。俺は腰につけていた拳銃をとりだして、茂みのなかにわけいった。
気晴らしに撃とうと思ったんだ。だが、そこで、おれがみたものは・・」
スレンダーは、目をつむってもう一度首を振った。水滴が、彼の髪からしたたりおちた。


175 名前:三月二十二日 :03/08/09 13:27 ID:???


「俺が見たものは、茂みに寝かされたまま放置されていたあいつの姿だった。
 ひどいもんさ。顔は、無残にも腫れ上がり、着ていた服は、ずたずたに引き裂かれて、肌が、露出していた。
 月夜にそいつの身体、・・それはほぼ裸体に近かったが、それが白くうつしだされていた。けれど、酷く赤くなっていた。
 手首はロープできつく縛られていて、口にも猿ぐつわがされていた。
 俺は、慌てて近寄ったよ。おい!おい!、ってな。猿ぐつわをはずしても、やつは何もいわなかった。目は開いていたが、焦点があってなかった。
 俺はそいつの肩を掴み、激しく揺さぶった。やばいと思ったね。やつの顔からは、生気というものがなかったんだ。
 救護班をよんだほうがいいか。そう思って立ち上がったときに、やつはようやく何かをしゃべった。
 人をよばないでくれ、と細い声で言った。人をよばないでくれ、と。  
 そいつは、プライド高かったから、そういうめにあったことを、誰にも知られたくなかったんだろう。
 俺は黙ってうなずいた。そして、そいつに自分の着ていた上着を貸してから、俺はテントの中にある医薬品を取りに戻った。
 そして、すぐに戻って、彼の治療をした。夜だったが、月がでていたのが幸いだった。たっぷり30分かけて俺は、治療を終えた。
 そいつは立ち上がって、自分の寝場所に帰っていった。俺も疲れたので、戻って泥のように眠った。
 翌日、そいつは軍の病院に搬送されていった。精神的に錯乱しかけていたからな。事態を推察した部隊長が気をきかせてくれたんだ。」

「それで?犯人はどうなったんだ?問題になったんだろう?」
私が、そういうと、スレンダーは、顔を歪めておおげさに手をあげてみせた。ぱちゃっと水滴が飛ぶ。
「問題に?何をいってんだ?軍隊世界において、こんなことは日常茶飯事さ。
 確かにかわいそうなことであったが、そんな自分の身を守れないやつは、戦場にでても死ぬだけさ。
 当たり前だろう?俺達は、軍人なんだぜ。それに、こういったことは毎年起こるんだ。だから、軍もそういったのは黙認だよ。
 司令部にいいにいったら、そこでもやられてきた。って笑い話もあるくらいだ。」

「それじゃ、結局犯人はわからなかったってことか?」
スレンダーは、ちょっとためらったあとに、いやわかった。といった。

「その後、数日してからな。俺達の部隊は基地に戻った。そいつは、そこで軍の病院に入院していた。
 俺は非番の時に見舞いにいってな。そのときに、そいつから直接きいたんだ。なかなかいいたがらなかったがな。」


176 名前:三月二十二日 :03/08/09 13:40 ID:???

「どんなやつだったんだ?」
「名前をいってもわからないだろうがな。ガイア、オルテガ、マッシュっていっていうやつらさ。
連邦からは黒い三連星って恐れられていたやつらだったよ。もっとも、ジオン内でもそういった噂の所為で恐れられていたんだけどな。
生意気な何々をしめてやる!っていう彼らの常套文句があったからな。もっと噂の内容知りたいか?
すごいテクニックがあってな。暗闇で突然襲う、ジェットストリームアタックってやつが・・
ん、知りたくない?そうか。それならいいんだが。」
そこで、スレンダーはひとつため息をついた。

「それで、俺にはどうしようもできなかった。俺はただのしがない軍曹だったし、向こうの奴らは上官で、しかも腕も立つ。
 モビルスーツでも肉弾戦でも俺に勝ち目はなかった。だから、それでこの件は終わった。やられ損さ。
 そのうちに一年戦争が始まって、黒い三連星はみな死んだ。まぁ、自業自得ってやつだわな。」
「ちょっとまて・・・その入院した彼は、その後どうなったんだ?」と、イザークが聞いた。

「死んだよ。同じく一年戦争の時にな。
けれど、戦場で死んだんじゃない。自殺さ。夜中にピストルをくわえてズドン、といっちゃったってことだ。
理由はわからない。戦時中ってこともあって誰もそんなことにかまってる余裕はなかったからな。葬儀はひどく簡単なものだった。
誰もが、すぐにそいつがいたことさえ忘れた。俺も、忙しくて忘れかけていた。そのころはちょうど、ルウム戦域のころで忙しかったんだ。
毎日は、残像のようにすぎていき、カレンダーだけが時の流れに忠実に変わっていった。
そんなある日、一度、公国の自宅に戻った俺は郵便受けに手紙が入っていることに気がついた。差出人は無論あいつさ。
封筒の消印をみると、投函日は、あいつが自殺する前日になっていた。俺はペーパーナイフで封を切った。手紙が一枚はいっていた。
そこにはこうかかれていた。僕はもうだめだ。まず、それが赤字で大きくかかれていた。
そして、そのあとに、俺に対する感謝の言葉が書いてあった。無論、密林での出来事のことさ。
簡潔にそういったことがかかれた後、最後にこうかかれていた。
『僕は逃げる。現実から。軍隊から。この世から。だが、お前は現実に・・、ここに残れ。お前は残って、たたかってほしい。僕の分まで』
そして、そこでその手紙は終わっていた。俺は、読み終わった後、あいつの葬儀の時の淡々とした寂しい光景を思い出した。」
お前は、残れ、勝手な言い分だと思ったね、とスレンダーは続けた。私達は黙って聞いていた。

 「・・それから、しばらくたって、また戦場での日々に戻ったころ、俺は任務でサイド7のコロニーにいった。V作戦を探知したからだ。
 その時な、ザクで出撃したあと、デニムっていう上官に同じこといわれた。『お前はここに残れ』ってな。
 それをきいたとき、こういっちゃわるいけど、ふと俺はこの上官は死ぬんじゃないかと思ったね。そして、それは間違ってなかった。
 そして、俺は思った。あぁ、俺はきっと残る運命なんだ。お前は、残るべきなんだって誰かに言われてる気がしたね。
 誰か、っていうのは無論わからないけれどな。運命っていうのを信じるのは優れた軍人じゃねえが、俺はふとそう思った。」

そこで、彼は再び口を閉じた。


177 名前:三月二十二日 :03/08/09 13:54 ID:???

私は、その時彼の唇が微かに震えていることに気がついた。
それはきっと、酔いだけの所為じゃない。彼は、そんな私の視線に気がついたのか、こちらの目をじっとみて、こういった。

「・・・けれど、俺はいったい残って何をすればいいんだ?どうして俺は残らされてるんだ?
読者のアンケートもみな、残れ、残ってくれ、ばかりだ。○○をしてほしいから残れ、とかいうんじゃなくて。
ただ、残れ。最後まで残ってほしい。とにかく残れ。お前は残れ。残ってくれればそれでいい・・そんなのばっかだ。
そうだろ?編集者なら、それにきがついているだろ?アンケートをみればわかるよな?毎回集計してるんだから。
そこに目的はない。つまり俺にとっては、残るのは、始まりではなく終わりなんだよ。どんづまりさ。どこにもいけない。残るだけだ。
いやになるぜ。俺の存在意義ってなんだ?誰もが俺に残りやがれって言うんだ。手前は、消えていくくせにだぜ?ふざけるなっていうんだ。
いいか?俺がわざわざこんな話をしたのは、このためだ。よくきいてくれ。


    俺は いったい何のために 残っていれば いいんだ ?


俺はそれが、知りたい。それだけだよ。なぁ、俺は怖いんだよ。まるで裸で宇宙空間に放り出されているみたいに。
時々こう思うんだ。俺の精神は本当は宇宙の何処かに粉々に飛散しているんじゃないか。そこにあるべきじゃないか?
どうして俺はいま『ここ』にいるんだ?なぜ残ってこんなとこにいるんだ?本当に俺は、ここにいるべきなのか?いていいのか?
俺もあの自殺したあいつみたいに、実は死んでいるんじゃないのか?存在してていいのか?
わからない。なにもわからないんだ。だから、俺はそれを知るために、ここに残ってるんだ。ここに残っている、その理由を知るためにな。
俺のレーゾンディートル(存在理由)は、きっとここの何処かにあるんだ。だから・・」


そこまで切迫した調子でいっきにまくしたててしまうと、彼は唐突に黙った。私は、彼の目から視線を逸らせなかった。
「だから・・」もう一度そういった。
だが、彼がいおうとした言葉はもはや彼自身にも掴めないものらしかった。言葉は蒸気となって、空気中に細かく飛散してもう戻らなかった。


178 名前:三月二十二日 :03/08/09 14:01 ID:???


私もイザークもなにも喋らなかった。
ライオンから流れ出る水の音だけが浴槽内に反響していた。水は、幾重にも複雑に重なり合って、空気中に紛れていた。
お湯の熱さももはや感じなかった。ただ、なにかなまぬるい液体にはいっているということしか思わなかった。
しばらく時間が流れたが、スレンダーはもうなにも言わなかった。
私は、無言のまま、湯船をでて、タオルで身体をこすり、石鹸をあわ立てて顔を洗い、髪をシャンプーで洗った。
そして、備え付けの鏡をみながら、シェービングリームをたっぷりつかって丁寧に髭を剃った。
イザークも隣で同じようなことをしはじめた。
そして、私とイザークがそうしている間、スレンダーは湯船に浸かったまま、首をわずかにかたむけてじっと天井をみつめていた。
私も彼がみているあたりをちらりと見てみたが、そこには蒸気がたまっていて、ぼやけているだけでなんの変哲もなかった。
けれど、彼がなにかを探しているのはわかった。みつかればいい、と私は思う。


私はそういえば彼らはどのようにして集められたのだろう、とふと思った。どうやって?それを考えたとき、突然、なにか思い出す気がした。
-そういえば・・一番最初にあったときに・・・なにか・・
だが、それ以上思い出すことはできず記憶は、泡のように消えていき、後にはなにも残らなかった。私は、頭を押さえて大きくため息をついた。
だめだ。思い出せない。
思い出そうとすると、決まって頭痛が起きる。まるで、私の記憶の井戸には、湧き上がらないようにつっかいぼうがされているようだ。
いったい私はなにを忘れているって言うんだ?なにを・・

また激しい頭痛がして、私は思わず、声をあげた。
髪を洗っていたイザークが泡をつけたまま不信そうにこちらをみる。私は、かるく手をあげて大丈夫だというジェスチャーをする。
疑わしげに眉をひそめると彼は、また髪を洗い出した。きっと私を馬鹿だとおもったのだろう。


私が頭を振って気をしっかりしようとすると、今までぼうっとして天井を眺めていたスレンダーが、ゆっくりと立ち上がった。
そして湯船からでるとはっきりした声で、われわれに言った。
「どうだい。サウナ室にいかないか?誰が一番残れるか、我慢比べをしようじゃねえか?」
彼はにっこりと笑った。まるでさっき俺がいったことは忘れてくれよ、といった風に。


「いいね。」と、私は言った。確かに一汗かきたい気分だった。

(三月二十二日終了)




179 名前:通常の名無しさんの3倍 :03/08/09 15:12 ID:???
おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
おもしろい・・・

180 名前:通常の名無しさんの3倍 :03/08/09 20:38 ID:???
期待感を煽るね

181 名前:通常の名無しさんの3倍 :03/08/09 23:20 ID:???
スレンダー、お前は残れ。

182 名前:通常の名無しさんの3倍 :03/08/11 15:41 ID:???
昼下がりの保守

183 名前:通常の名無しさんの3倍 :03/08/12 19:07 ID:???
晩飯前の保守

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