きゃすばるくん、地球を救う 後編 (2)
[ きゃすばるくん、地球を救う ]
- 156 :通常の名無しさんの3倍:2005/11/23(水) 11:42:58 ID:???
皆様お久しぶりです。きゃすばるくんとか木馬をめぐるとかを書いたものです。
今まで保守してくださっていたこのスレの方、また週刊少年ガンダムを見てくださっていた方本当にありがとうございます。
一年あまりも待ってくださって恐縮の限りです。載せなきゃいけない、とはずっと思ってたんですが・・本当にすいません。…
大変遅くなりましたが「きゃすばるくん地球を救う」の続きを載せさせていただきます。
本日は3レス、後は一日1レスくらいでゆっくりと載せていこうと思います。
多少ながくなってしまうかもしれませんが、ご容赦ください。それでは・・
- 157 :きゃすばるくん地球を救う:2005/11/23(水) 11:53:17 ID:???
※ ※ ※
<・・・きゃすばるくんはアナハイム・エレクトロニクスから調達した数え切れないくらいの爆弾を彼に向かって投げつけた。
けれど、シャアはそれをかわしもしなかった。彼の乗っているαアジールはあまりに硬く、強靭で、僕らの持っている武器ではかすり傷ひとつつかなかった。
僕らは小さなGファイターに乗っていただけだったし、それは逆襲のシャアの時代には、あまりにも旧時代的すぎた。
38式歩兵銃で、アメリカ軍のマシンガンを相手にするガダルカナル島の日本兵みたいなものだった。僕等は陸上にあがった
カプールみたいにものすごく無力だった。だから、αアジールがメガ粒子砲を出すたびに僕らは寿命が縮まる思いをすることになった。まるで…>
※ ※ ※
「どうしてシャアがαアジールなんかに乗っているの?」と娘がたずねた。
当然の疑問だった。僕はにっこりと笑って、説明をした。
「シャアはサザビーを前の反乱でなくしていたからね」
「けど、αアジールだって壊れたよ。αに乗っているなんておかしいよ」
「イエス。確かにαアジールも壊れた。ひとつの小さな内蔵ミサイルが、その鋼鉄ジークみたいな装甲を突き破った。
けれども、それは兵器としての崩壊であって、サザビーのような思想としての崩壊ではなかった。
αに乗っていたクェス・パラヤにとってあの敗北は少女の無垢な敗北に過ぎなかったが、シャアにとってそれは思想としての敗北といえるものだった。
つまり、サザビーはいうなれば彼の思想を表層したものであり、ゆえに敗北の象徴になってしまった。日本にとっての「大和」のように。
シャアがサザビーに二度と乗らなかったのはそういう理由なんだ。実際的というよりは形而上的な面で、シャアにとってサザビーは損なわれてしまっていたんだ」
「よくわからないよ。」と娘は眉をしかめた。
「いいんだ。正直なところ、僕にもよくわからない。ひょっとしたらシャアはその後、ぴかぴかのサザビーをきちんと用意していたのかもしれない。
ファンネルだって新しいのを一年戦争以来懇意にしているメカニック・マンに用意させていたかもしれない。ただ、その前にαに乗っていただけでね。
彼の単なる気分転換だった可能性だって勿論ある。アルパ・アジールに乗るのはとても楽しいからね。なんていったって馬力がある。まるで日産の四輪駆動車みたいだ。
ぶるるん、ぶるるん、と小気味のいい振動がシーツやパイロット・スーツ越しにつたわってきたら誰だって降りたくない。そうだろ?」
「そうだね。いい車だったらずっと乗っていたいよ」と娘はいった。僕もうなずく。僕の乗っている車は
「けれど正直な話、僕らにも真相はわからない。第一、迫ってくる光弾をかわすのに精一杯で、そんなことを考える余裕はなかった。
だからこれはあくまでも推論だ。僕らの目の前にはいつも事実だけが存在していた。だからそれをうけいれなくちゃならない。理屈じゃなく、現実として」
「それでどうなったの?」
「何度目かの挑戦の後に、僕らはαを倒すことは不可能だと思った。こっちにはアムロ・レイもいなければカミーユ・ビダンもいなかった。一機のガンダムすらない。
だから我々は退却することにした」
「じゃああきらめちゃったんだ」
「ノー。あきらめてはいない。ただαを物理的に倒すのは無理だと思っただけだ。僕らは別の方法を考えなければならなかった。
物事が行き詰ったとき、視点を変えてみると以外に良い結果が出たりするものだ。角度とか。そうだね?そのためには一度月にかえらなければいけなかった」
「準備が足りなかったのね」
「そのとおり」と僕はいった。「なにもかもがたりなかった」
- 158 :きゃすばるくん地球を救う10/23:2005/11/23(水) 11:56:55 ID:???
娘はしばらく目をつむって何かを考えていたが、やがて不満そうに唇を尖らせた。
「けどそれはやっぱり逃げたんだよ。だからさ、さいしょからGファイターじゃなくてさ、もっと強いモビルスーツを使えばよかったのにね。
たとえば、ストライク・ガンダムとかさ。キラ・ヤマトとかいなかったの?」
僕はゆっくりと首を振った。
「いない。そこにあるのはあくまで富野が作り出した「おり」みたいなものだけだった。福田もいなければ、その奥さんもいない。
サイバーフォーミュラはあったかもしれないが、SEED的なものは全くのゼロだ」
「サイバーフォーミュラなんて知らない」と娘はつまらなそうにいった。
彼女の世代にはサイバーフォーミュラなんてものはないのだ。それはもう21世紀の訪れとともに黒歴史になってしまい、いまでは
その残滓がサンライズのホームページにかすかに残っているだけだ。
「それでその後、どうなったの?きゃすばるくんは、月に戻ってなにをしたの?」
僕は彼女の枕元に置かれている時計をちらりとみた。10時をまわっている。そろそろ潮時だった。明日は平日で、娘には小学校があった。
彼女が好む、好まないにかかわらず。そして、僕にも仕事がある。
「その話はまた今度にしよう」
と僕はいった。そして、手のひらで軽く娘の頭を撫でた。どこの家庭でも父親が娘をあやすときにするように。
彼女はひどく続きをせびったが、僕はなんとかあきらめさせることに成功した。
「また、きゃすばるくんのお話してね。隕石がどうなったか絶対に知りたいの」とベッドの中から娘がいった。
「もちろん」と僕はいって、最終回のロラン・セアックみたいに寝室のドアをそっと閉めた。
- 159 :きゃすばるくん地球を救う11/23:2005/11/23(水) 12:10:09 ID:???
部屋に戻ると、直子がテーブルに肘をついたままの姿勢でコーヒーを飲んでいた。僕が向こう正面のテーブルに向かい合って座ると
彼女は立ち上がってキッチンにいき、あたたかいコーヒーを入れてくれた。
「お疲れ様」と直子は言った。「大変だったわね。あの子、どうしてもきゃすばるくんの続きが気になるって聞かないものだから」
「構わないさ」と僕はいった。「最初に教えたのは僕だしね。それに別れた娘にこうやって寝物語を聞かせるのも悪くない」
僕はそういうとコーヒーを飲み、クラッカーの入った皿に手を伸ばした。
「最近はどう?忙しくない?」と直子が聞いた。
「忙しいさ。いろいろあって結局のところ、三井住友じゃなくて三菱とUFJが統合されたわけだけれど、僕にとっては何一つ変らない。
メガバンクの統合というのはね、合併した後が本当に長いんだ。基幹プログラムの主導権を巡ってどろどろの戦いが起こる。
またその合間を縫ってプログラムの統一作業と補修と再構築と継続的管理作業を同時に進行しなければならない。合併したのが平成18年1月1日だったのに
それから10年近くたった未だにしてるんだぜ?実にばかげている。プログラマーの肉体、精神的疲労も大変なものさ。
ソロモン沖会戦くらい激しい戦闘だよ。まるでVガンダムの最終回の様にSEが玉砕していく。狂うんだ。
真夜中に仕事をしていると誰かが「姉さん!助けてよ!姉さん!」と叫びだす。我々は黙って彼をスタンダップさせて部屋の外に送り出す。
送り出してしまった後誰かがいう。「激しい雨の所為だ」。そして、また仕事にかかる。けれど心を狂わせるような激しい雨なんて勿論降っていない」
「大変ね」と直子が言った。彼女の声にはどことなくクールな響きがあった。僕はコーヒーを飲みながら、クロノクル・アシャーの事を少し考えた。
なんであんな中途半端な仮面なのだ?いや、仮面自体には問題はない。それはある意味、ガンダム世界のアイデンティティだからだ。主人公がガンダムを偶然発見する
のと同じように。おそらくシャアがマスクで上半分を隠したから、彼は下半分なのだろう。だが、その相互補完に一体何の意味があるのだ?
「しかし、そういうものなんだ。他はなにもかわりないな。朝起きて、一時間ほどジョギングをして、朝食を食べる。大体パンが多い。その後、会社に行く。
ロバみたいに仕事をする。帰ってシャワーを浴びる。寝る前にビールを飲む。それくらいだよ」と僕はいった。
「そう」と直子はいった。
「とにかく僕にとって、娘にあうのは何の問題もない。君の方はどうだかわからないけど」
「どういう意味?」
「将来、再婚するとき困る。娘が新しい夫に慣れてくれないかもしれない」
彼女はそれについて何もいわなかった。ただ曖昧に微笑んだだけだった。僕は余計なことをいったことを後悔した。やれやれ、いつだって僕はこうなのだ。
僕は直子に気づかれないように溜息を吐くと、目の前にあるクラッカーを齧った。
「今度、3年生だったね」と僕は極力明るくいった。
「そうよ。これからますます手がかかるの」と直子もいった。
「いいことだ。だけど、ガンダムばっかりみせるのはよくない。富野監督もいっている。ガンダムなんてみるもんじゃありません、ってね。
僕もそうおもう。時代は常に変化しているし、新しいアニメーションだって世の中にはたくさんある」
「例えば?」
「トムとジェリー」と僕はいった。
- 165 :きゃすばるくん地球を救う12/23:2005/11/24(木) 23:28:15 ID:???
「もしくは漫画日本昔ばなしかな」と僕はいった。
「それはよかったわね」と直子はかるくあしらった。僕の冗談はいつも中国における法輪功のように迫害される。
「ただ断っておくけど、私はガンダムなんて特別に意識してみせてないし、あんなにMS名を暗証できる子になんて育てた覚えはないわよ」
「原因に心当たりは?」
「あなたの所為でしょ」と直子はあたりまえのようにいった。
「そうかもしれない」と僕はいった。「ひょっとしたら一種の刷り込みみたいなものかもしれないな。逆襲のシャアを僕がずっとみていたから」
「むしろそれしかないでしょ」と彼女は冷たく言い放った。
物心のつかない娘を抱えたまま、僕は何度も逆襲のシャアのDVDをみていた。一コマ一コマ頭の中で再生できるくらいに何度も何度も。
かつてイギリス中の若者がアビーロードのレコードのB面を擦り切れるまで聞き続けたように。
「あれしか考えられないわね。やっぱり子供には刺激がつよかったのよ。ほら、あれって地球に巨大な隕石が落ちるじゃない?それがトラウマになった」
「オープニングで最初に落ちた隕石はほんの茶番だよ」と僕は弁解した。「地球が滅びるくらい大きな隕石はアムロがきちんと食い止めた。救いがある。トラウマにはならない」
「けれど一つ落ちたのは事実でしょ。あの子にはいけなかったのよ。きっと隕石が落ちることが現実のように思えているんじゃないかしら。私たちが子供の頃、ゲゲゲの鬼太郎を
みて本当にお化けが存在しているんじゃないかと思ったように。まだ空想と現実の区別がついていないのよ」
「墓場の鬼太郎ね」と僕は訂正した。わりとこういうところには拘る性格なのだ。
「そんなのどうだっていいでしょ」と直子は呆れたようにいった。しかし、どうでもよくない。それは汚名挽回というようなものだ。だけど、もちろんそんなことは口にしない。
「とにかくその所為で、あの子はうなされるようになった。隕石が来るって怖がって、夜中にしくしくと泣くようになったの。それも真夜中に」
「だから、僕はこうして夜中に別れた妻のところに、いそいそときゃすばるくんの話をしにきている。お茶しか出ない」
「当たり前じゃない」と直子はいった。
「そうそう、ガンダムといえば、」と彼女は思い出したようにいった。
「Zガンダムの劇場版のチケットがあるんだけど、今度の週末にでもいってみない?あの子もきっと喜ぶわ」
「Zガンダムのチケット?」と僕はびっくりしていった。
いったいなんだってそんなものがあるんだ?
「それってだいぶ昔上映していたやつかい?確か10年くらい前だったっけ」
「そうよ。ほら、最近またガンダムのリバイバルブームが起きているじゃない?35周年とかなんだかで。その影響かどうかはよくわからないけれど、駅の近くにある
ミニシアターで再上映されているのよ。懐かしいからつい買っちゃたんだけど」
「なるほど」と僕はいった。確かに最近は小さな劇場でリバイバルをやるのが流行っている。Zガンダムがされていてもおかしくはない。
「ところで、あなたはZガンダムの三部作はみたの?」
「みてないよ、そんなもの」と僕は答えた。どうせくだらないに決まっているのだ。
- 167 :きゃすばるくん地球を救う13/23:2005/11/26(土) 01:10:17 ID:???
- ※ ※ ※
事前の僕の想像とは違って、Zガンダムの映画は悪くなかった。全然悪くない。
正直なところ、それは全く生まれ変わっていた。彼らは21世紀に相応しい整った顔になり、綺麗な服を着ていた。モビルスーツはその兵器としてのディフォルメを強くし、
戦闘のスピード感は僕が何度もみた逆襲のシャアと比べても遜色のない程の出来だった。そこにはどんよりとしてのっぺりとした、遠近感という言葉すら感じられない
あのZガンダムはどこにも存在していなかった。
悪くない。どこも悪くない。
ただ、正直なところ、僕はこれはもう僕の知っているZガンダムではない、と思った。時折、旧画面を入れられたとしてもそれはいうなれば死んだ画像だと思えた。
一体、誰が不自然な形で埋め込まれたシャアやカミーユの残滓をみて喜ぶというのだ?これで当時のZと新約Zの溝を埋めようというのなら、
富野監督はものすごい勘違いをしたとしか考えられない。
過去と現在を繋ぐ連続性は、そんなことで得られるものではないのだ。それはその時代を生き、その刻を共有したものだけが得られる感覚なのだ。
この映画こそに我々は刻の涙を見ることが出来る。過ぎ去った刻は二度とは戻らないという事実に我々は涙を流す。
また、僕はカミーユがきわめて21世紀的な美少年になってしまったことに軽い失望を覚えた。彼はまるで民意に従うと表明した後の橋本聖子みたいに従順で、
あるべき自我を失ってしまっていた。そこには少年特有の屈折や歪みといったものは”染み”として綺麗にクリーニングされて除かれていた。
シャアとカミーユとはその屈折や歪みの部分で精神的につながっていたと思うのだが、映画ではその辺りの変化の所為で、まるで二人の関係は兄と弟のような
甘ったれたものに仕上がっていた。まるでよくできた少女マンガみたいだ。
あんまりなつくりだったので、僕はそっと辺りを見渡してみたがパンフレットを床に叩きつけたり、スクリーンに体当たりをしたり、大声で「水の星へ愛を込めて」を
歌っている人間は一人もいなかった。誰もガクトの歌に拒絶反応や、切り貼りした画面には文句がないのかもしれない。
僕だけが頑固で意固地なだけの老人なのか?そうかもしれない。
期待するから失望が生まれるのだ。僕は黙って画面に視線をもどし(アムロが飛行機に乗っていた)、塩辛いポップコーンを食べ、水っぽいコーラを飲んだ。
- 169 :きゃすばるくん地球を救う14/23:2005/11/28(月) 23:45:58 ID:???
「すっごくおもしろかった」
映画館を出て、近くの喫茶店に入り、冷たいラムネソーダを店員に注文した後に、娘が興奮した口調で言った。
「それはよかった」と僕はいった。
「あのサングラスかけていたのがシャアなんだよね。すごく強かった人が」
「そうだよ、シャアはとても強い」と僕は答えた。「アッシマーなんて簡単に落してしまう」
「けれどさ、あのあと悪い人になっちゃうんだよね。地球に隕石を落そうとするようなすっごいわるい男に。
うーん、けど、あの映画をみていると、とてもそんな風にみえなかったよ」
「そうね、あたしにもそんな風にみえなかったね」と直子も同意した。
「僕にもみえなかった。けれど、現実というのはとても繊細のものだし、ほんの些細なきっかけでどんな風に変るかは、誰にもわからない。
ある時点で彼が善良でも、数日後の彼がまだ善良とは誰も断言できない。そうだね?僕らはそんな不安定な存在だ。
僕だって数日後では、とても悪人になるのかもしれない。今は違ってもね。もちろん、人間だけじゃない。
あらゆる事象は不完全な振り子みたいなものなんだ。この地球だって」と僕はきちんと磨かれているぴかぴかの床を強く踏みしめるそぶりをした。
「いつ崩壊するかわからない。僕らが踏みしめている大地は音を立てて崩壊し、あたりに立ち並んでいるビルはぼろぼろと崩れ落ち、海はからからに干上がってしまうかもしれない。
それもほんの些細なきっかけによるものだから、いつどこでどんなときに起こるかは誰にもわからないんだ」
「そんなの怖い」と娘はいった。そして、店員が持ってきたラムネソーダを飲んだ。ガラスの表面に薄い水滴のついたラムネソーダだ。
ラムネソーダとZガンダムの取り合わせはとても良い、と僕は思った。とてもよい。どちらも旧時代的で、どことなく惰性の匂いがする。
「僕だって怖い」と僕はいった。そして、安心させるように笑った。「でも大丈夫。僕らにはきちんときゃすばるくんがいて、彼が地球を守ってくれている」
「隕石から?」と娘が聞いた。
「そうだね」
「まるできゃすばるくんって神様みたいね」と直子も調子を合わせた。
「人類を災いから救い給う。つまり彼はヤハウェ?ああ、けれどあれは旧約の神様だったかしら」
「きゃすばるくんは凄いね」と娘がいった。「神様だ」
「ハレルヤ」と僕はいった。そして、娘のラムネソーダを少し飲んだ。
- 182 :きゃすばるくん地球を救う15/24:2005/12/15(木) 22:48:59 ID:???
その夜、僕と直子はSEXをした。白熊みたいに穏やかなSEXだ。だけど、これはよくないことだった。
我々は別れたときにそういった関係を持たないことを約束していたのだ。それは何も生み出さない行為だし、娘の将来にもよくないことだった。
だが、現実に僕は彼女の中にゆっくりと入っていき、その中で何度も射精をした。
行為が終わった後、長い沈黙があった。横にいる直子の自分がした行為を悔やんでいるということがありありと伺えた。
しかし、彼女の右手は未だに僕のペニスをそっと包み込んでいた。まるで成長したアムロ・レイ大尉がνガンダムの操縦レバーを掴むように。
僕はなにか喋ろうと思ったが、気の利いた言葉はひとつも思い浮かばなかった。なにをいっても墓穴を掘っているように聞こえるのは間違いなかった。
こんなときスレッガー中尉ならうまい言葉回しをするんだろう。だけど、僕はどちらかというとブライトみたいに不器用だった。
「ひとつだけ聞いていいかしら」と直子が突然言った。
声は、まるで細い影のように僕の耳の中にそっと滑り込んできた。
「なにかな」と僕はいった。
「きゃすばるくん、あのあとどうなるの?」
僕は直子の顔をじっと見つめた。室内の照明は天井の豆電球を残して全て消していたので、ぼんやりとしか彼女の顔はみえなかった。
その所為というわけでもないが、彼女の質問の意図を僕は掴みかねた。きゃすばるくん?
「ええと、月に戻ってから?」と僕は言った。
「そうよ」
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
「別に。なんとなくよ。いけなかったかしら」
「いけなくはない。ただ、まだ考えている途中なんだ」と僕は天井をにらんでいった。「アルパ・アジールは強靭だし、覚醒したシャアはとても強い。
覚醒したシャアなんて使わなければよかった。倒せるいい理由が浮かばない」
「けれど最後はハッピーエンドなんでしょ?」と彼女がいった。「隕石は食い止められ、シャアは敗北し、きゃすばるくんとあなたは祝福される」
「そうだね」と僕はいった。「当然そうなる。娘も喜ぶ」
「嘘」と妻はいった。「隕石は落ちたんでしょ」
「え?」
「きゃすばるくんは死んで、隕石は地球に落ちてしまったんでしょ。そして私たちは死んでいる」
直子の言葉の意味を理解するのに暫く時間がかかった。まじないのようにしか聞こえなかった。その言葉は象が動物園から消えるように唐突で、
言葉を飲み込むのに時間がかかった。意味を理解すると頭の奥で何かが大きく音を立てた。
心臓が大きく鼓動を打った。直子の顔をみた。目を見た。やや釣り目がちな瞳がこちらを見返していた。薄暗い所為でひどくくぼんでいるようにみえた。
その空洞は僕に10年前を思い出させた。きゃすばるくんと僕と、しゃあと隕石を。
細胞が収縮し、身体が震えた。頭が痛み、吐き気がした。もう一度、直子の目をみた。眼窩の窪みはまるで、隕石の落ちた後のクレーターのように見えた。