ブライトノア・クロニクル(上)
[ ブライトノア・クロニクル完全版 ]
- 254 名前:ブライト1/5 :03/12/26 16:08 ID:???
- 1 『 ブライトノア・クロニクル(上) 』 ブライト・ノア
第一章 MSピープル
1 デッキ
ガンダムが作り始められたのは僕が地球に第13独立艦艇部隊として地球に降下する最中のことだったと思う。
正確に言うと105年の4月25日のことである。
ガンダムを作り始めたのは僕が便宜的にMSピープル(モビルスーツピープル)と呼んでいる小さな人間たちだった。
どれくらい小さいかというと、一番背の高い男で僕の腰くらいの高さしかなく、まるで、精巧な人間のミニチュアのようであった。
彼らは僕が乗っていた旗艦ムーンクライシスのドッグの隅の一角を占拠して、黙々とガンダムをつくっていた。
誰にもそれを事前にことわることなく、だ。そう、彼らは許可を求めることはしない。ただ作り始めるのだ。
まるで夜中にこっそりきて朝には巣をしあげているクモのようにひっそりと淡々と彼らは突然に作業を始めるのだ。
そんな彼らをドッグにいるクルーは誰もそれをとがめることは無い。どうしてなのかは、僕にはわからない。
あるいは、これは普通考えられないことだが、彼らにはアナハイムがみえていないのかもしれない。
視野に入っていないのだ。
そうでも考えないと、いつも厳しくあたりを監視している鬼のようなチーフクルーが何もいわないわけはないからだ。
僕は最初そのような仮説を立てて自分を納得させていた。彼らは僕にしかみえないのだ、と。
だが、その仮説はドックで作業中のクルーの一人が彼らにぶつかったことで崩壊してしまった。クルーは彼に謝ることなくそのままいってしまった。
彼らはそこに存在しているのだ。そしてクルーはそれを当然のように思っている。まるで電柱かなにか、記号のように扱っているのだ。
僕はその光景に混乱することになったが、考えても仕方がないので、それ以上仮説をつくることはあきらめた。
とにかく、好むと好まざるとに関わらず、彼らは存在して、ガンダムを作りつづけているのだ。それでいいじゃないか、と僕は思った。
そして、僕は地球に降下したとしてもまだすることはとくになかったので、暇があると彼らの様子をみにいっていた。
彼ら、MSピープルは常に三人で行動していた。顔は全員全く同じだ。ただ、額に番号のようなあざが掘られているので区別できた。。
丸く光沢のある材質の合金を一番が器用に小さく分断し、二番がそれを査定し接着剤をくっつけ、三番が組み立てていった。
まるで子供がつくるプラモデルのような単純な工程で彼らは作っていた。ただ彼らの顔は真剣そのもので、ぴくりとも笑うことは無かった。
私語も何も無い。金属がこすれあう音や、切断するときに出る音だけが彼らが奏でる音の全てだった。
僕は、ビールをのみながら、その作業をキャビンから観察していた。別にビールを飲みたいわけじゃなかったが、
どうせ地球に着くにはあと二日はかかるので、僕はビールを飲むくらいしかすることがなかったのだ。
MSピープルは現在、足の部分を組み立てている。動作は正確で迷いがなかった。
「艦長、お電話です」
そのとき、クルーの一人が僕に声をかけた。時計をみる、いつもの時間だ。
その場を離れ、通路脇にある電話を受け取った。
「もしもし」
「ブライト?あたし。どう?そっちの様子は」
やはりミライだった。
- 255 名前:ブライト 2/5 :03/12/26 16:15 ID:???
- 彼女が電話を毎日同じ時間にするようになったのはシャアの反乱以後のことだ。
彼女はあれ以来やけに神経質になった。ひどく心配性になった。これは、アムロの死が影響しているのかもしれない。
不安なのだと思う。色々な意味で。彼女は年をとったのかもしれない。年をとるということと保守的になるということは切り離せないのだ。
僕は彼女と話す。
「あぁ、明後日には地球に降下する予定だよ。色々準備があってね。テロ対策の機体が必要らしくて。ん、ハサウェイ?
あぁ、わかってるよ。それじゃあ、明日にでも連絡をとってみるよ。必ず。一応、メールは既に送っておいたけどね。
ところで、そっちは変わったことはない?
そう。それならいいけど。あ、それとレストランの設計図が届いたら、こっちに伝送してもらえるかな。確認しておきたいんだ。
うん、それじゃあ、また明日。この時間に連絡もらえるかな。チェーミンによろしく」
僕は受話器をおき、取り次いだクルーに礼をいうと、またビールを飲んだ。宇宙で飲むビールもロンデニオンで飲むビールも味はかわらない。
ただ、胃の中に入っていくスピードが違う。それに、やはりパックにはいったビールは味気ない。
パックをダストシュートに投げ込みながら、ハサウェイに連絡をとらなくちゃな、と僕は思った。
そのころMSピープルは、両足を完成させようとしていた。僕はまたそれを眺める。
彼らは熱心で、それ以外のことには興味がないように思える。MSを作ることが彼らが存在しているテーマであり、レーゾンデートルである。
まるで哲学的とでもいうべきその作業を僕はただ感嘆してみていた。
もっともどんなものにも哲学は存在する。靴下にさえ、明確な哲学というものがあるのだ。
少し話を戻そう。
僕が地球に降下することになったのはここ数年、活動が活発化しているマフティーと名乗るテロリスト集団の撲滅のためだった。
彼らは103年には地球連邦の監視人工衛星を破壊するなどし、さらにここ最近は政府要人を無差別テロにより暗殺していた。
その無差別テロというやり方にも関わらず彼らが大衆の支持を強く得ているのは、やはり連邦への不満というのはかなりのものなの
だろうと僕は思う。かといって首謀者とされるマフティー・ナビーユ・エリンという人物がシャアやアムロだと決め付けてしまう大衆に
僕がうんざりしていたのも事実だった。やれやれ、どうして、いつまでも彼らを自由にしてあげないんだ?
自分たちのことを彼らがいつもしてくれるのだとでも思っているのだろうか?僕は、それがとても憂鬱に思えた。
大衆はヒーローの登場を待つだけだ。彼ら自身がしなければならないという意識は無い。
それがいいかわるいかはともかくとして、僕はシャア、アムロという言葉が出るたびにうんざりしていた。
今年の二月ごろの話だけど。カイがロンデニオンにいた僕を訪ねてきて、同じことを聞いてきたことがあった。
そのとき、僕はカイでさえ、そんなことを考えているという事実にやや愕然としたものだった。
僕が否定すると、カイはやっぱりね、という顔をして、「これも仕事なんだ」と、肩をすくめていった。
そして、同時に、僕に対する監視も強くなっていることを彼は教えてくれた。電話は盗聴されていたし、外出のさいに監視がついていた。
もしもマフティーがアムロならば僕に連絡がいくかもしれないと考えているからだろう。結局のところ、僕は信用されてないのだ。
「艦長、連邦という組織は心底腐りきっている。端から見るとその悪臭はよくわかる」
カイが僕にそういった。僕もそう思う。
- 256 名前:ブライト 3/5 :03/12/26 16:23 ID:???
- 2 モビルスーツ
翌日、僕はミライの電話を待つ間、なんとなく彼らの間近に近寄ってみることにした。どうしてそう思ったのかはよくわからない。
ただあれだけ熱心につくっているのをもっとまじまじとみてみたいと思ったからかもしれない。
僕はキャビンをエレベーターを使って降りて、ドックにいくと、彼らの後ろにそっと立ち、ガンダムを眺めた。
ガンダムは既に90パーセント程度完成しているようだった。彼らは夜も寝ることがなく、ひたすら作り続けていたのだ。
ただ、ひとつ問題があるとすればそれがガンダムには全くみえないという点だった。その大きな原因としてあまりにゴテゴテしている点があげられた。
ガンダムのデザインは基本的にMK-Ⅱのようにシンプルであるべきだと僕は思うからだ。
それにコクピットの部分が小さすぎた。彼らなら入れるかもしれないが、普通のパイロットはそこに入ることはできないだろう。
ただそんなことは関係ないように、彼らはおそらくどこのクルーよりも熱心に作っていた。
スパナを使いボルトを締め、隙間に接着剤を流し込み、表面にヤスリをかけて光沢を出していた。
みたこともない道具を使い、計数をはかり、それの結果を小さなメモ帳に熱心に書いていた。字は僕の理解できる文字ではなかった。
僕が後ろからそれをのぞきこんでいると、額に三と彫ったアナハイムがきて話し掛けてきた。僕は彼らがしゃべるのを初めて聞いた。
「もうすぐガンダムができるよ」
その声はまるで抑揚がなかった。平坦でふくらみが無い。まるでスプーンの裏を舐めた味のような声色だった。
「とてもガンダムにはみえないな」と、僕は言った。「こんな変なガンダムみたことがない」
声をだしてみると僕の声もまるでヘルメットのバイザー越しのように遠く聞こえた。
アナハイムの彼は首をかるく傾げて、
「きっと色をまだ塗ってないからだよ。明日には、これに塗装をするからきっとガンダムにみえる」と、言った。
「色の問題じゃない。形状が問題なんだ」
このモビルスーツにはガンダムである要素がほとんどかけている。
街中でこれの写真をとり、ガンダムにみえるかどうかアンケートをとってみても誰もいわないだろう。
少なくともこんなごたごたと余分なものが飾り付けられているモビルスーツをガンダムとは僕は思えなかった。
首が二つあるようなこんな機体は第一、モビルアーマーというべきものにみえた。
「これがガンダムでないとすると、いったいなんなんだい?」とMSピープルはいった。
「なんだろう」と僕は言った。これはガンダムじゃないとすると一体なんなんだ?僕には何も思いつかなかった。
ガンダムじゃないとするとこれは一体なんなのだ?そもそもガンダムとはなんなんだろう。
反骨精神の具現?まさか。
- 257 名前:ブライト 4/5 :03/12/26 16:26 ID:???
- 「ね、ガンダムでしょう?」と、やさしい声で彼は言った。僕はやむなくうなずいた。
別にどうだっていいことだ。これが、ガンダムだろうとゲルググだろうと、いったいそれがなんだっていうんだ?
どちらだってかまいやしない。好きなようにつくればいい。それにしてもミライはまだ電話をくれない。
僕は、視界のすみに電話をとどめておきながら、彼らの作業を観察した。
MSピープル達は僕のことなど眼中にないようで、決められた作業を続けていた。
彼らの頭の中には既に完成図が浮かんでいるようで、相談もなにもすることなくそれぞれが定められた仕事をてきぱきとこなしていた。
金槌を振り下ろし金属のプレートを延ばす、乾いた高い音が断続的に響いた。
そのおとを聞きながら、僕はまた時計に目を落とした。もう約束の時間はとっくに過ぎている。
「ミライはもう貴方に電話をかけてこないよ」と突然、もう一人のMSピープルが言った。
僕はそれが最初理解できなかった。その言葉が自分にかけられたものだと理解するのにしばらく時間がかかった。
耳がおかしくなったのかと思った。だが、彼はもう金槌を床において、こちらを空洞のような目で見ていた。
「ミライはもう君に電話をしない。もう彼女にあうことも二度とない」
三と彫られたアナハイムも僕にそういった。僕は彼を振り返る。
「どうしてだ?」
それはまるでオブラートに何十にも包まれたように、遠く、薄く掠れて聞こえた。
「どうして、ってもう駄目だからだよ」
彼はそこで一旦言葉を切った。
「君が電話しなかったからもう駄目なんだ」
電話しなかったからもう駄目なんだ。僕はその言葉を口のなかで反復してみた。
全く理解できない。電話?誰にだ?ハサウェイにか?僕がハサウェイに電話しなかったからミライが僕にもう会うことはない・・?
そういうことなのだろうか。その相関関係が僕にはさっぱり理解できなかった。展開が飛躍しすぎている。
だけど、彼の口調からしてそれがなんの脈絡もない嘘だとは思えなかった。そういえば確かに僕はハサウェイに電話をするのを忘れていたのだ。
僕は彼が言葉を補足してくれることを期待したが、彼はもうこちらに興味をなくしたように、作業に戻っていた。
僕はアナハイムのそばを通り抜けて、壁に設置されてある電話を取ると、内線を呼び出した。
でてきたクルーにハサウェイのいる植物監査官の自宅の電話番号を調べてもらい、礼をいってから受話器を置く。
そして、今度はそのアドレスに電話をする。が、呼び出し音が続くだけで誰も電話に出なかった。
- 258 名前:ブライト 5/5 :03/12/26 16:29 ID:???
3 ミライ・ノア
20回呼び出しがなった後で、僕はあきらめて受話器を置いた。ハサウェイは自宅にいないようだった。
ビールが無性に飲みたかったが、あいにく僕はもっていなかった。だから、代わりに僕はポケットにあったガムを口に入れた。
少し考えた後に、受話器を再び持ち上げて、今度はミライにかけてみた。ロンデニオンにある僕の自宅だ。
だけど、それはハサウェイの時とおなじく呼び出し音がずっとうつろに響くだけだった。プルルルルプルルルル。虚しく響くだけだ。
僕は自分の家に、電話が鳴り響いている光景を想像して、どこかやるせなくなった。
誰も僕の呼びかけを必要としていない気がしたからだ。僕は、どこか宇宙のそこから一人で虚しく呼びかけているようだった。
そして僕の呼びかけは、誰にも届かないからだ。
おなじく二十回ほど鳴らしたあとで、諦めて受話器を置いた。
僕はため息をつくと、ガンダムを振りかえった。
ガンダムはほぼ完成していた。
だが、この全長4メートル足らずの極端に小さなガンダムにはいくつもの矛盾が内在していた。
もしあのガンダムがーーガンダムだと仮定すればだがーー起動するのならばエンジンはなんなんだ?
推進力はなんだ?ランドセルを背負うのか?それにコードらしきものは何もないじゃないか。武装はなんなんだ?
戦闘に使えるようにはまったく思えないし、接着剤でくっつけた装甲はすぐに剥がれそうな気がした。
僕は時計をみた。そろそろブリッジに戻り地球降下の準備をしなければならない。
ミライはきっと、なにか用事があって電話をかけられないだけなのだ。ロンデニオンは今、昼間なのだろうか?よくわからなかった。
そしてミライの用事というのも何も思い浮かばなかった。彼女が僕との会話を棄ててまで一体何を優先するというのだ?
彼らはミライがもう僕に二度と会わないといった。僕はそのことについてかんがえることにした。
確かに僕らは問題がまったくない夫婦ではなかった。ひとなみの問題くらいは当然抱えていた。
僕らは長い間地球と宇宙に別れて住んでいたし、その間に些細な問題が起きたこともあった。子供の教育のこともあった。
オーケー、認めよう。僕らは確かに問題のある夫婦だった。だがそれがなんだというんだ?
この年まで長年いたら問題のひとつや二つないほうがおかしいのではないか?
だが、そういった問題も僕らはなんとか乗り越えていままでやってきたのだし、いまさら、電話一本の問題で僕らが
終わりになるとはどうも思えなかった。物事はしかるべきの時の経過を経て、しかるべき場所に収まるはずだったのだ。
僕は無意識のうちに、爪を噛んだ。
ハサウェイ?それが何かの重要なポイントなのか?わからなかった。
MSピープルの作業を僕は見つづけた。
彼らの自信に満ち溢れた、確信を持った作業をみていると、彼らは自分が100パーセント正しいと考えていることがわかった。
そして、時折こちらをみては、その空洞のような目で僕を覗き込んだ。そこには、同情のようなものが混じっているような気がした。
そうかもしれないな、とその目で見られているうちに僕は考えはじめた。ミライは本当に戻ってこないかもしれない。
僕がハサウェイに電話しなかったせいで。ロンデニオンにある僕の家にはおそらく彼女とチェーミンはいないのだ。
彼女たちは恐らくもう僕が二度と届かない場所にまでいってしまったのかもしれない。今ごろ、木星への連絡船の中かもしれない。
月への定期便の中かもしれない。たいした違いは無い。どちらにしろロンデニオンの彼女達はいないのだ。
僕らは本当は取り返しのつかない地点までいっていたのかもしれない。何もわかっていなかったのは、僕なのだ。
おそらく電話とはその理由の一つなのだ。
- 259 名前:ブライト 6/5 :03/12/26 16:39 ID:???
彼らは正しいのだ。そう思って彼らが作っているモビルスーツをみると、これは紛れもないガンダムのような気がし始めた。
今まで僕が知っているのとは別の、別の次元のガンダム。新しいガンダム。
もう僕が慣れ親しんでいたガンダムというのは、遠い昔のものなのかもしれない。僕だけが置いて行かれているのだ。
アムロにも、ミライにも、ガンダムにさえも。
「仕方ないよ。君がハサウェイに連絡をとらなかったせいなんだから」と、MSピープルは慰めるようにいった。
僕は時計をみた。そろそろブリッジに戻って地球降下の指示をしなければ行けない時間だった。僕はため息をつく。
肺の中の空気を全て搾り出してしまうと、なんとなく気が楽になった。とにかく今できることは、なにもないのだ。
「そろそろいったほうがいいよ」と。MSピープルがいった。「ここにいてもどうにもならない」
実に現実的な言葉だった。確かにその通りである。僕は動かなければならない。好むと好まざると関わらず。
「最後にひとつだけいいかな?」と、僕はいった。
「なに?」
「このガンダム、名前はなんていうのかな?」
僕が尋ねると、彼は自分の額を黙って指差した。 そこには≡とかかれた文字がある。
「さん?サンガンダム?」と、 僕は尋ねた。だが、彼はそれに首をゆっくりと振った。
「・・イー」
「え?」
僕は聞き返す。
「クスイーだよ。クスイーガンダムっていうんだ」
「ありがとう」
僕は礼をいって、その場を離れた。そして、それきり二度とMSピープルをみることはなかった。
だけど、地球に降りた僕はこの機体をもう一度みることになる。別の場所で、別の理由で。
(中編へ続く)
アオリ 「 地球に降下した彼に待ち受けていたのはケネス准将であった。そこで彼がみた世界は何か?ミライはどこへ?
謎を残したまま、過酷な現実はブライトの運命をもてあそぶ。緊迫の中編は第九号に続く!君はこの現実に耐えられるか?」