ZZガンダムの消滅

[ ZZガンダムの消滅 ]
275 :ZZガンダムの消滅1/9:2006/06/18(日) 22:58:30 ID:???
{ZZガンダムの消滅}


 ZZガンダムがサンライズから消滅してしまったことを、僕は朝刊で知った。
そこにはこう書かれていた。

「平成17年10月14日未明、㈱サンライズに保管されていたZZガンダムに関する全資料が消滅している
ことがわかった。担当者によると、退社前に確認したときは確かに存在していたとのこと。社員が退社
する際には倉庫には厳重に鍵をかけており、防犯保安システムも正常に作動していた。防犯カメラにも
それらしき不審人物はみつかっておらず、原因は不明だ。
同社では熱狂的なファンか誰かがZZガンダムを誰かが持ち去ってしまったとみて目下調査中である。
また同様のケースが他の地域にもおこっており、問い合わせの電話が相次いでいる。
現在、警視庁及び各県警本部では大規模な盗難事件とみて捜査をすすめている」


 僕は新聞から顔をあげて、あたたかいコーヒーを飲んだ。そして、ハムときゅうりをはさみマスタードを
たっぷりと塗ったサンドイッチを齧った。
そして、もう一度記事に目を通した。読み返せば読み返すほど、奇妙な記事だった。
まず全資料というのがわからない。
一体どのくらいの量(今はパソコンで保存しているのかもしれないけれど)あるのか気になった。
また鍵をかけている倉庫からそれだけのZZガンダムを短時間で盗むのは不可能に思えた。
そもそもZZガンダムなんて今更盗んで一体何の意味があるっていうんだ?また、同様のケースが他の地域でもおこっ
ているという所もよくわからなかった。同時多発窃盗?そんな言葉があるのかは知らないけれど。ふと気になってDVD
の棚を確認した。虫の知らせというやつかもしれなかった。やはりというべきか、中にはZZガンダムはなかった。
先週の日曜日に僕はターンエーガンダムのDVDボックスと一緒に買っていた筈だった。僕は念のため、財布の奥そこ
からレシートを引っ張り出してきて確認した。間違いない。先週の日曜日の14時32分に新宿のTSUTAYAで買っている。
となるとこの記事にある他の地域には僕の住んでいるところもあたることになる。この目黒区もだ。
僕はなんだか割り切れない気分になった。折角気持ちのいい朝のまどろみを無駄にされた気がした。
突然自分も事件の一部になっているのだと思うと、急に居心地が悪くなった。やれやれ、と僕は呟いた。
とりあえず部屋を確認するべきだった。僕はコーヒーを台所にもっていき丁寧に洗い、サンドイッチをラッピングして冷蔵
庫に入れた。

 一通り、部屋の中を調べてみたが、荒らされた形跡はなかった。通帳も印鑑も財布もいつものところから全く動いていな
かった。窓はきちんと施錠され、ドアにはチェーンが降りていた。つまり完全に密室だったということになる。
それに僕はとても眠りがあさくて、ちょっとした物音でもすぐに目を覚ます。
僕がいるときに誰かが侵入して盗んでいったとはちょっと考えにくかった。


276 :ZZガンダムの消滅2/9:2006/06/18(日) 23:03:32 ID:???

 僕はネット掲示板を見てみることにした。どんな情報があるか気になったし、このままでは折角の休日が
台無しになりそうだった。ネット上にも僕と同じく、ZZガンダムのDVDをなくしているものが多数いた。驚いた
ことにプラモデルやテレカといった関連グッズをなくしたものもいた。
また、これはごくまれにしかないことだが、ニュータイプという雑誌でZZガンダムの特集号が組まれたことが
あり、それをなくしたものもいた。
 僕は一通りニュースサイトを確認した後、ガンダムを専門に扱っている掲示板をクリックした。ここが一番
情報が早いだろうと思ったからだ。予想どうり、中ではいろんな議論が交わされていた。あるものは半島が
ZZガンダムを拉致し始めたといい、またあるものはこの騒ぎはZZガンダムの映画化の伏線だといい、また
あるものはZZガンダムを忌み嫌った総監督が一人一人の自宅を回ってDVDやビデオテープを破壊して回
っているのだと主張してやまないものもいた。
僕はそれらを興味深く読んでいったが、どれも推測やデマばかりで何一つ真実と思しきものはなかった。
ただ、唯一わかっていることは個々人の所有しているZZガンダムが消えててしまったということだ。プラモデル、
ビデオテープ、関連書籍、その他ZZが関係していると思われるあらゆるものがぽっかりと抜け落ちていた。
突然に。そして、完全に。


僕はパソコンから目を離し、もう一度記事を読んだ。
ZZガンダムの消滅。新聞記事の見出しにはそう書いている。この記事を書いた記者はいい判断をした。確かに
これは盗難などといった犯罪ではない。もっと別のなにかだ。確かにZZガンダムは消滅した、としか言い表せない。
僕はネット上で、更にこの問題について調べてみた。不思議なことに、この消滅事件はZZガンダムだけの限定的な
ものなようで、他の作品群においては何一つ消滅やなくなっているということはないようだった。初代、Z、逆襲のシャ
ア、F91、V・・・みんな無事だ。
僕は棚のボックスを確認し、それが間違いないことを確認した。確かにZZガンダムだけが、消滅している。
どういうことだ?

僕はしばらく考えたが、㈱サンライズに電話をかけてみることにした。けっこう行動力はあるほうなのだ。


何度目かのコール音の後に、受付と思われる女性が出た。
新聞に載っていた件でお電話したのですが、と僕はいった。少々お待ちください、との事務的な声と共に保留の
音楽が流れた。曲はどうやらシューベルトみたいだった。アニメ曲にしないのは何故だろう。
「お待たせしました」
ややあって、男の声がした。




277 :ZZガンダムの消滅3/9:2006/06/18(日) 23:10:12 ID:???
男はまだそれほど年配ではない感じの明るい声だったが、節々に疲労が滲んでいた。
僕は自宅にあったZZガンダムが消えていることを話した。

「あぁ、貴方の所もですか・・。ちなみにご住所は?ええ、ええ。なるほど。そうですか。目黒区では貴方の前に
何人か連絡をくれました。いえ、警察には一応届けてください。これは窃盗事件ですから。ただ、これほど大規
模な窃盗事件というのは前例がないようですので、
どれくらい当てになるかはわかりません。いま、こちらに入ってきている情報では北海道から沖縄まで満遍なく
なくなっているみたいなんですよ。
はい?ああ、ZZガンダムだけです。それははっきりとしています。他の作品は一切なくなっていません。
どうしてかって?そんなことわかるわけないじゃあないですか。犯人にきいてみてくださいよ。よっぽどエレピー・
プルが好きなんじゃあないですか。
再販の予定ですか?まだ、現状では考えられません。それにマスターテープもなくなってますし、つくれませんよ。
私もここ数日ほとんど寝ていない状態でして、ああなんでこんなことになったんでしょうねえ。訳がわからない」
「扉はきちんと施錠していたんですよね?」と僕は尋ねた。
「ええ。ええ。それは間違いありません。全て中央の警備室で管理していますから、夜中にロックが外れたらすぐ
わかるんです。だけど誓って何もなかった。当直の警備員も確信をもって保障してくれました。
それに、それにですよ、あんなものなんていまさら盗んだってどうなるわけでもないでしょうに。ZZガンダムファン
なんて少ないはずですし。一応、富野監督にも連絡したんですがそんなことそちらで勝手に考えろ、というつれな
い言葉でした。こんなこと初めてで、わたしどうしたらいいか・・・」

 男はもっと話したそうだったが、いささか長くなりそうだったので、僕は時間を割いてもらったことの礼をいって電話
を切った。やはり㈱サンライズのほうでもなにもわかっていないらしい。しかし、どういうことなのだろう?なぜZZガ
ンダムがこんなことになるのだろう?
やれやれ、と僕は首を振った。そんなのわかるわけないじゃあないか。そんなことは警察や評論家の考えることな
のだ。ZZガンダムは僕の少年時代と密接に結びついていて、とても好きな部類に入っていたのだけれど、こんな迷
宮みたいな事に関わっている余裕はない。いずれ近いうちになんらかの結果がでるだろう。DVDのボックス代は痛か
ったが仕方ない。
僕はそう結論付けると、パソコンをシャットダウンし、服を着替え、ジムに出かけた。そのほうがとても効果的だ。
外はやや寒かった。もう季節は秋に向かっているのだ。帰りに駅によると、劇場版Zガンダムが映画館で公開されていた。
交番の前も通ったが勿論、警察には届けなかった。

278 :ZZガンダムの消滅4/9:2006/06/18(日) 23:14:28 ID:???

この事件は当初、マスコミに怪奇事件として扱われたが、物が物だけにそれほど大衆の興味は続かなかった。
「どうせオタクが何かしたに違いない」といった雰囲気で司会者も話しており、またガンダムなんて教育の害としか
思っていない女コメンテーターは「これは教育に対する警鐘です」としか述べなかった。
初老の男性は「戦争に反対する団体の仕業に違いない」としたり顔で述べていた。とにかくそんな感じだった。
ガンダムというものが如何に迫害されているかということを僕は認識した。これがガンダムSEEDだったら女子中学
生が騒ぐから、社会問題になったかもしれない。
けれど、残念なことにZZガンダムを熱狂的に愛する女子中学生はどうやらいないみたいだった。

僕自身もそうこうしているうちに、日々の忙しさにかまけて、次第にZZガンダムの事を忘れていってしまった。
だが、これは仕方のないことだといえる。我々は皆、それほど暇ではないのだ。ガンダムがなくてもエヴァがある。
エヴァがなくても涼宮ハルヒがあるのだ。好む好まないに関わらず。
だから、僕が再びこれに興味を持ったのはこの新聞記事を読んでから半年後のことになる。


※ 


その頃、僕は一人のとてもチャーミングな女の子と付き合っていた。名前は伏せるが、目がとても大きく、髪が
とても短い女の子だった。我々は仕事の関係で知り合い、数ヵ月後にはプライベートな関係へとなだらかな変化
を遂げていた。彼女はいささかとっぴな性格をしていて、真夜中に突然パン屋に襲撃にいきたい、とか、私はピンク、
まだ10代だった。高校を卒業してすぐに出版系の会社に勤めだしたのだ、と彼女は説明した。やれやれ、10代か、
と僕は思った。けれどとにかく僕はその子とうまくベッド・インすることができたし、それはとてもハッピーなことだった。
事が終わると僕らはベッドの上でいつもくだらない話をした。
それは話すことが好きというよりも、行為が終わった後の儀式みたいなものだった。



279 :ZZガンダムの消滅5/11:2006/06/18(日) 23:19:20 ID:???

ある日の夕方、何度目かの行為のあとで、僕はふとZZガンダムの話をした。どうして急にガンダムの話になって
しまったのかわからない。SEX後のある種の喪失感が、ZZガンダムの消滅という事実を呼び起こしてくれたのか
もしれなかったが、そんなことはどうでもよかった。
「消滅しちゃったんだ。へえ、そんなニュースほとんど覚えてないわ。それってどんな作品だったの?」
と彼女はいった。
どうやら興味を持ってくれたようだった。僕はすこしだけほっとする。ZZガンダムが受け入れられる10代の女の
子がいることに。
「すごく繊細な作品さ。まるで絹ごし豆腐で湯豆腐をつくるように。ほんのちょっとのところで作品全体に張られて
いる糸が切れてしまい、ぼろぼろと世界観ごと崩れてしまいそうな、そんな作品だった」
「面白かった?」
「あと十年あれば」と僕はいった。「我々はそういった評価をくだせたかもしれないな。それを面白いというには
いささか時間が必要だったんだ。戦争について我々が冷静に議論ができるまでに60年かかったようにね」
「けれどもう消滅してしまったのね」と彼女はいった。僕は同意する。そう、消滅してしまった。もうZZガンダムは
面白いとか面白くないという評価を受けることはなくなってしまった。
それは我々の記憶だけに存在するものになってしまっている。そして、この数ヶ月の間に我々の記憶のなかから
も消えかかっている。すべてはあたたかい泥の中に沈み込んでいくのだ。


「消滅した理由は何かしら?」
「一つだけ解釈できる方法がある」と僕はいった。
「集団催眠術か何かで、日本及び全世界の人間にZZガンダムを破棄するように命令を出す。
命令を受けた人間は、無意識状態のままそれを誰の目にもつかない所に持っていって、ハンマーか何かで粉々
にしてしまう。そして綺麗に土を被せて埋めてしまう。目が覚めたときには誰もそのことは覚えていない。
皆、自分の棚をみて、ZZガンダムだけがなくなっていることに首をかしげる」
「すごい推理」と彼女は笑いながら拍手をした。「それなら説明がつくわね」
「問題は誰がそんなに強力な催眠術を誰がつかえるかだけど」と僕はいった。
「ユリ・ゲラー?」
「そうだといいけど」と僕はいった。




280 :ZZガンダムの消滅6/9:2006/06/18(日) 23:24:30 ID:???

「ZZガンダムが消えたときってみんなびっくりした?特にファンの人は」
「そうかもしれない」と僕はいった。
「そうかもしれないってことは、みんなZZガンダムが消えることを若干は予測できたってこと?」
「予測なんてできるわけがない。ある日突然消えてしまったんだから。そんなこと予測できたらそいつは
きっと犯人に違いない」と僕は笑った。
「けれど貴方は、そうかもしれない、っていったわ。そんな言葉の使い方はおかしくない?」
そうかな?そうかもしれない。
「普通は『そうだね』、とか『勿論びっくりした』とかいいそうなものだけど」
「ふむ」と僕は言った。ふむ。
「ねぇ、私にはよくわからないのだけれど、その言い方だと貴方は何かしら予兆を感じていたように思える
んだけれど」
「そうかもしれない」
「また。だから、そういう使い方は・・・」
「いや、違うんだ。本当にそうかもしれない、と僕は思っているんだ」
「なにを?」
「実はZZガンダムはこうなる運命だったんじゃないかって」
「どういうこと?」
「あの日、というのはZZガンダムが喪失してしまった日のことなんだけれど、僕はZガンダムの劇場版が公開
されているのをみた。結構人がいたのを覚えている。内容がかなり変っているというのは聞いていたからね、
興味はあった。カミーユのラストが変っているという事も噂で聞いていたから。
ただ、それは僕に一抹の不安を与えていた。つまり、富野は・・監督のことだよ・・・富野は部分的に本当に部分
的にだけ、救済を与えるではないか、という感覚を覚えたからなんだ。
登場人物すべてに救いをあたえるならいい。
それならそれは新訳といえるだろうし、カミーユは精神崩壊をしなくてすむのはハッピーだ。
けれど、そうなったら誰がジュドーを救うっていうんだ?ZZガンダムなんて作品はいうならば封殺されてしまう
んじゃあないか、と僕は思ったんだ」
「ええと、つまりZガンダムだけが救われて、ZZガンダムは救済されていないってこと?」


「そう。それが気になった。それはやっちゃいけないことではないか、と思ったんだ。もちろん、原作者なんだから
ある程度は好きに出来る。ただし、それでも限度がある。救うなら全部の作品にするべきだったんだ。
キリスト教がユダヤ教とちがって、他の人種にも赦しを与えたようにね。ただ、彼はそうしなかった。それはやっぱ
りいけなかったんだよ。
それじゃあジュドーは?ZZは?作品の連続性は?アイデンティティーはどこにいってしまったんだろう?」
彼女はジュースを口に含み、ポッキーをかじった。そして、「それで?」といった。クールないい方だった。
まるで興味のない記事を読み上げられているときの筑紫哲也みたいだった。
「それで、彼らは消滅した。新訳Zは創造主からの最終的なさよならだったと思うね。いわばZZは富野のユダだ」
「そこまえ考えるなんて凄いわね」と彼女は賞賛とも呆れともとれるような感想をいった。きっと後者だろう。
「推測としては面白いだろ?」と僕はいった。
「確かにね。わるくないわ。いささか擬人化が激しいことを除けば。それで、ちょっと気になったんだけど。
ひとつだけ聞いていい?」
「なにかな」
「富野はZZガンダムを愛していなかったのかしら?」
「子供を愛さない親はいない。ただ」
「ただ?」
「アヒルの中にガチョウがいるのは厭だったのかもしれない」





281 :ZZガンダムの消滅7/9:2006/06/18(日) 23:29:35 ID:???


「ねぇ、ZZガンダムのお葬式をしましょうよ」
シャワーからあがってきた彼女が突然そういった。やや思いつめた顔だった。彼女は髪をあまりふいていなかった。
しずくがぽたぽたと垂れて床を濡らしていた。
「誰かがそれをする必要があると思うの」
「いいね」と僕はいった。そして、タオルで床を拭いた。




我々は着替えると、車で近くにあるイオンにいき、そこで板と釘とトンカチを買った。それと良く冷えたビールを
2ダース買った。それらを駐車場にとめてあったランサーのトランクに積み込んだ。
太陽はゆっくりと沈もうとしていた。
「海岸にいこう」と僕はいった。「あそこならゆっくりと弔える」
彼女はなにもいわなかった。ただ、黙ってうなずいた。運転している間、僕はずっとストーンズを聞いていた。
海岸までいくと、僕はビールを飲みながら苦心して小さな棺桶をつくった。彼女は砂浜で波と遊んでいた。
完成すると、彼女はゆっくりと戻ってきた。
「なにを中に入れるの?」と彼女は僕を覗き込んだ。
「これだよ」といって、僕は彼女に包みを渡した。
「これは?」
「Zガンダム新約版星を継ぐもののDVD。中身は入れてないけど」
「これをZZガンダムのお墓に入れるっていうの?なんで?だってこれは」
僕は彼女の言葉を制した。
「勿論、これはZZガンダムじゃあない。Zガンダムだ。まじりっけない100パーセント純粋なZガンダムだ。
だけど、僕はこれを入れることに意味があるように思う。そして、これは誤解してほしくないんだけど、
決してZZガンダムの代用品じゃあない」
「Zガンダムを通してZZガンダムを表現しようというのね?」
「ある意味ではね。これはメタファーとしてのZZガンダムであり、カミーユ・ビダンはジュドー・アーシタになった
んだ。ZとZZガンダムの間に連続性がなくなった以上、彼はそれを引き受けなければならなくなった。
ZZガンダムの最終回。あの当時はカミーユの救済の意味がわからなかった。
なんだかZガンダムがちっぽけになってしまった気がした。Zガンダムの補完をZZガンダムでしてほしくなかった。
けれど、違うんだ。なんていったらいいのかな、うまくいえないんだけれど今度の劇場版でカミーユが救済される
んならば彼は彼の意識の中でZZガンダムを通過してきている気がするんだ。そう考えればジュドーも救われる」」


282 :ZZガンダムの消滅8/9:2006/06/18(日) 23:35:14 ID:???


彼女と話しながらも、僕の作業は止まらなかった。砂をスコップで少しだけ掘ると、そこに棺おけを置いた。
それから、その上にあまった廃材を一箇所に集めて、空気が中に入るように組み立てていった。
新聞紙も隙間に入れる。最後に上から少量の発火剤を振り掛けた。それを見届けた後、彼女が丸めた新聞紙に
火をつけた。
辺りは既に真っ暗になっていたので、彼女だけがぼんやりと光って見えた。月がその背後にぼんやりと見えた。
「それじゃあ、燃やすよ」
「待って。最後に、何か一言いわなくちゃ。これは葬式なのよ。儀式には言葉が必要だわ」
「初めに言葉ありき。オーケー。わかったよ」
僕は彼女から新聞紙を受け取ると眼を瞑った。しかしいったいなんていえばいいんだ?
ガンダムを弔ったことなんて僕はないのだ。力石徹の告別式だっていっていない。
「女性天皇の誕生は」
やや考えた後に、僕はいった。
「偉大なる男系天皇の連続性を断つ事になる。新訳Zもまたしかり。
・・・ZZガンダムよ。ここに眠れ」


そして、大げさに十字を切ると僕はそっと新聞紙を木々の中心に投げ込んだ。最初遠慮勝ちだったその火は、
やがてここを自分のねぐらときめたように勢いよく燃え始めた。 
 僕は長い間目を瞑っていた。僕はその静かな暗闇の中でZZがはぜていく音だけを聞こうとしたが駄目だった。
なんとか足を踏ん張ってそこに留まろうとしたが、駄目だった。僕は今、消滅したZZガンダムのありとあらゆる
物事や事象が燃えていっているのだと感じた。全てが骨のような白い灰になってばらばらになっていくのだと。
それはZZガンダムだけの葬式ではなく、僕の何かしらの一部を同時にもっていっているみたいだった。
彼女が僕の手をそっと握ってくれた。小さな冷たい手だった。
まるで、エルピープルみたいだ、と僕は思った。




284 :ZZガンダムの消滅9/9:2006/06/18(日) 23:57:24 ID:???
 
 火が完全に消えてしまうまで、僕等はずっと浜辺に寝転んでいた。風がとても気持ちよかった。喉がとても渇いて
いた。作業の間に、ビールのうち半ダースは既になくなってしまっていた。少し飲みすぎたかもしれない。
「私、子供の頃、親に捨てられたの」と彼女がぽつりと言った。「消えてしまいたい、って思ったわ。学校に言ってもわかるのよ。
皆がこいつは親に捨てられたんだって目でみるの。教師もよ?信じられない。すごく惨めだった。
消えてしまいたかった。そしたらどんなに楽だろう、って思った」
「親のこと、恨んでる?」
彼女は首を振った。
「昔はね。けれど、あの人たちは消えてしまった。そんな人たちを恨むのは不毛だし、とても惨め。
それよりビールを飲んだほうがよっぽどいいわ。ねぇ、この葬式は私のためでもあったの。不幸な私の葬式。
どう?一石二鳥だと思わない?」
「とても経済的だ」と僕はいった。そして、僕は彼女にキスをした。







 それからまた半年が過ぎた。
もはや掲示板にはほとんどZZガンダムの話題はない。人々は彼らがかつてテレビでどれだけ生命感溢れた動き
をし、笑い、悲しみ、戦ったのかを覚えていない。というよりもむしろ、覚えていないことすら覚えていないようだ。
僕の、ごくわずかな親しい友人たちももうZZガンダムについては何も語らない。何一つだ。
流行のすぎ去った芸能人を誰も口にださないように、それはあたたかい忘却の泥の中に沈み込んでいっている。
バンダイは最近あたらしい劇場版ガンダムの作品を発表した。主人公は現代風に眉毛の整った少年だ。
2000年代の顔だな、と僕は思った。少なくともこの少年は、あんなジャンバーは着そうにない。
しかし、当然のことだけれど僕は彼らに共感することはできない。かれらよりよっぽどルー・ルカの方が好きだ。

 僕はZZガンダムの事を考えるときに、深い喪失感を覚える。そこで失われたものはある意味では我々自身なのだ。
アニメじゃない、と僕は思う。これは本当のことなのだ。現実だ。彼らは二次元じゃなく三次元的に存在していたのだ。
ごく身近に80年代という多感な時期に、僕等は彼らと共に生きていたのだ。
各家庭の小さなスイッチがついたテレビ・モニターを通じて確かにつながっていたのだ。
しかし、気がつくのが遅すぎた。既に我々の中では劇場版Zガンダムでさえ忘却になっていこうとしている。

「ねえ、何を考えてるの」と彼女がいった。もう髪は短くない。
「女性天皇」と僕はいった。

ZZガンダムとジュドー・アーシタは消滅してしまった。彼らは二度とここには戻ってこないのだ。


                                                     「ZZガンダムの消滅」 完